推しのコンビ(M-1グランプリの話)
いよいよ一週間後に迫った"M-1グランプリ2022"。
先日、ファイナリスト9組が発表され様々な反応があった。
その中でも多く見られたのは、応援している(いわゆる「推し」の)コンビが念願の決勝進出を果たしたことへの喜び。逆に、決勝進出を逃したことへの落胆。
ある特定のコンビにフォーカスし、賞レースの行方を追う。「推し」という言葉が市民権を得た昨今、あくまで主観だが、そのような楽しみ方をする人がより多くなったように思える。
私にも一度、その経験がある。M-1グランプリ2019のミルクボーイである。
M-1グランプリ(通称:M-1)は、私が最も好きなテレビ番組であり、最も好きなコンテンツだ。
小学生の時から、年末の楽しみと言えばM-1。特に2015年に再開してからは予選のネタ動画がネットで公開されることもあり、10月頃からM-1の事をどこかで考えながら過ごすのが当たり前になっていた。
これらの動画を観る中で、知らなかったコンビの面白いネタに出会えたり(トム・ブラウン「加藤一二三」など)、そのコンビの予選結果に注目することが増えた。しかし、あくまでそれは「M-1」という大きい大会の行方を追う上での一要素であり、それがメインとなることは決してなかった。
「あのネタ」の動画を観るまでは。
「あのネタ」とは、M-1グランプリ2019 3回戦、ミルクボーイの「コーンフレーク」である。後に、大会史上最高となる681点を叩き出す伝説のネタだが、決勝の場で披露される2か月ほど前には予選動画としてネット上で公開されていた。
実は、ミルクボーイのネタは前年までの予選動画で観たことがあった。それまでもスタイルはM-1で披露された「リターン漫才(行ったり来たり漫才)」で、言ってみれば年によって題材が違うだけ。2018年までの戦績は最高で準々決勝であり、正直「面白いけど、決勝進出とかは想像できないな」という印象であった。
しかし、この年は違った。
前年までと同様のリターン漫才だが、ウケ量が圧倒的に違う。
何なんだこれは。あまりにも面白すぎる。
衝撃の3分間が過ぎ去った後、脳内はある一つの感情に支配されていた。
「このコンビが優勝しないなんてこと、あって良い訳ないだろ」
それ以降、自分の中で「M-1グランプリ2019」は「ミルクボーイが無事に優勝するのを見届ける大会」になった。友人に優勝予想を聞かれるとまずミルクボーイの名を挙げた。準決勝進出者発表の時間にはM-1のHPに貼りつき、「通過」の二文字を見て心の中でガッツポーズをした。
そしてファイナリスト発表の瞬間。
「エントリーナンバー297、ミルクボーイ」
大きく安堵し、喜びが込み上げてきた。
あのネタが決勝で観られる。
きっと、大爆笑を巻き起こしてくれる。
決勝当日は、良い順番でクジが引かれることを祈った。
祈りが通じたのか、絶好の7番手で彼らは舞台に上がる。
「ウケてくれ」という思いで画面を見つめる。
最初のツッコミで大きなウケ。
ここでこれだけウケたら、もう大丈夫だ。
M-1決勝という大舞台でも、「あのネタ」はウケにウケた。
3回戦同様、いや、それ以上のうねりを生み出した。
例年以上にハイレベルなネタが出揃った大会を、
ミルクボーイは頭一つ抜けた成績で制した。
M-1決勝が2019年初のTVでのネタ披露だった彼らの名は、歴史に刻まれた。
金色の紙吹雪が舞う中、トロフィーを掲げた二人を見て
「本当に良かった」と強く思った。
後にも先にも、こんな事を思ったのはこの年だけだった。
あれから3年の時が経ち、改めて彼らのネタを見返した。
やはり、面白い。今見ても、優勝は彼ら以外にはあり得なかったと思う。
しかし、それだけ強く信じていたが故に「もしそうなっていなかったら」と考えると恐ろしい気持ちになる。
良くも悪くも、あの年の私はミルクボーイに強く執着していた。彼らの一挙手一投足、それに伴う周囲の反応に、大きく感情を揺さぶられていた。
彼らのネタがもしウケていなかったら、「自分自身が否定された」ような気持ちになっていたかもしれない。冗談抜きで、多かれ少なかれそう思っていただろう。
そう考えると、少なくともこれからは、一コンビに執着するのではなく、以前までのように純粋に大会の行方を追う楽しみ方をしようと思った。
しかし、心のどこかではほんの僅かに期待している。
「あのネタ」を超える衝撃を与えてくれる新星の登場を━。